相続が始まると、被相続人名義の銀行口座は一旦ストップします。
「病院への支払いが迫っている」「葬儀代を立て替えた」――そんなときに役立つのが仮払い制度(民法909条の2)です。
2019年7月1日の施行以来、相続人が最大150万円まで単独で払い戻しを受けられるようになり、当面の資金繰りに悩むご家族を救ってきました。
本稿では行政書士の立場から、制度の仕組み・手続き・注意点をやさしく解説し、すぐに動ける行動プランを提示します。
1.仮払い制度の背景と法的根拠
1-1 制度が生まれた理由
相続が発生した直後は、遺産分割協議書や家庭裁判所の審判書が整うまで預貯金を動かせず、葬儀費用や生活費に窮するケースが目立ちました。
そこで導入されたのが、民法909条の2に基づく仮払い制度です。
標準的な葬儀費用と当座の生活費を確保することが立法目的とされています
(法務省「遺産分割前の相続預金払戻し制度のご案内」)。
1-2 法律条文のポイント
- 上限額:同一金融機関につき150万円
- 計算式:
口座残高 × 1/3 × 請求者の法定相続分 (ただし150万円を超えない)
- 手続ルート:
- 金融機関請求(戸籍・印鑑証明等を提出)
- 家庭裁判所申立て(金融機関で不足する場合)
条文全文は 民法の「第909条の2」をご覧ください。
2.利用条件と具体的な手続き
2-1 必要書類(原則)
種別 | 具体例 |
---|---|
相続関係 | 被相続人の出生から死亡までの戸籍・除籍謄本一式 |
本人確認 | 相続人全員の戸籍謄本・請求者の印鑑証明書 |
残高証明 | 払戻請求日の口座残高が分かる書面 |
※銀行によっては「相続関係説明図」など追加資料を求められることがあります。
2-2 手続きの流れ(金融機関ルート)
- 書類の収集(戸籍・残高証明の取得)
- 請求書兼同意書の作成(金融機関所定フォーム)
- 窓口または郵送で提出
- 審査(不備がなければ約2週間で入金)
3.メリットと注意点
3-1 メリット
- 葬儀費用・入院費など急な支払いに即対応
- 他の相続人の同意が不要なため、協議がまとまる前でも資金確保が可能
- 使途に制限がなく、公共料金や当面の生活費にも充当できる
3-2 注意点
- 払い戻した金額は遺産分割協議で精算される
- 家族会議で共有せずに使用すると、後のトラブルの火種になる
- 金融機関ごとに書類基準が異なるため、事前確認は必須
4.家庭裁判所ルートとの比較
項目 | 金融機関ルート | 家庭裁判所ルート |
---|---|---|
上限額 | 150万円 | 上限なし(必要性審査あり) |
期間 | 約2週間 | 1~2か月 |
書類 | 相続関係書類+金融機関所定 | 申立書+相続関係書類 |
特色 | 手続き簡易・即時性重視 | 高額医療費など大口資金に対応 |
5.よくある質問(FAQ)
Q1 どの銀行でも150万円まで必ず出してもらえますか?
原則可能ですが、残高不足や凍結処理の関係で上限が下がる場合があります。事前に残高と必要書類を確認しましょう。
Q2 相続放棄を考えていても使えますか?
使うこと自体は可能ですが、
その“使い方”によっては 単純承認(民法921条) とみなされ、相続放棄ができなくなるリスク があります。1.単純承認になるパターン
処分行為 単純承認に該当する理由 典型例 被相続人の預貯金を 自己の生活費・娯楽費 に充当 相続財産を「自己のために」処分しており、相続を受け入れる意思表示と評価される 口座から仮払いを受けて自分のカードローン返済に流用 自分名義口座へ全額移転してプール 財産の形式的・実質的支配を取得 引き出した150万円を自分の普通預金へ入金 領収書なしで不明な出費に充当 相続財産の使途が確認できず、処分と評価されやすい 立替精算の証憑を残していない 上記のように「相続人自身の利益のために使った」と評価されると相続放棄は不可になる恐れがあります。
2.放棄を残したまま利用できるケース
- 葬儀費用・初七日・火葬料など社会通念上相当な支出
- 被相続人の入院費・未払公共料金等の清算
- 相続財産そのものの保存行為(例:空き家の雨漏り応急修理)
これらは「被相続人のため」「遺産の保存のため」と評価され、単純承認に当たらない とした裁判例があります(大阪高裁決定 2002.7.3 ほか)。
3.安全に使うための5つのチェックリスト
・放棄申述は3か月以内に提出
家庭裁判所へ相続放棄申述書を期限内(原則3か月)に提出し、受理証明書を取得・用途を限定
必要最低限の葬儀費用・医療費のみを対象にする・領収書・見積書を保存
領収書はもちろん、見積書も残し他の相続人へ共有・使途明細を家族に通知
LINEグループやメールで「○月○日 ○万円を病院へ支払い」と記録・必要額だけ請求
上限150万円でも“実際に必要な額”だけを仮払い請求
6.行政書士に依頼するメリット
お悩み | 当事務所ができること |
---|---|
書類集めが大変 | 戸籍・残高証明をワンストップ取得 |
時間がない | 請求書作成・銀行交渉を完全代行 |
家族間トラブルが心配 | 中立第三者として公平な情報共有 |
凍結口座にお困りなら、当面の資金を確保して心のゆとりを取り戻しましょう。
免責事項
本記事は2025年5月23日現在の法令・公的情報に基づいて作成しています。個別事情により最適な手続きは異なりますので、必ず専門家へご相談ください。
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